大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成4年(行コ)4号 判決

控訴人

右代表者法務大臣

田原隆

控訴人

大阪拘置所長

山口静夫

右両名訴訟代理人弁護士

松本佳典

右両名指定代理人

田中素子

外六名

被控訴人

甲野一郎

主文

一  原判決中、控訴人ら敗訴部分をいずれも取り消す。

二  右部分につき被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

(控訴人ら)

主文同旨

(被控訴人)

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者双方の主張は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

第一原判決理由一項ないし三項(原判決二四ページ九行目より三三ページ一〇行目まで)に説示されているところは、次のとおり加除するほか、当裁判所の判断と同一であるから、これを引用する。

一原判決二七ページ八行目「ものと」の次に「して 憲法の前記各条文を違反しないものと」を、同二八ページ七行目「写真」の次に「及びその解説」をそれぞれ付加する。

二同二九ページ九行目及び一〇行目をいずれも削除する。

三同三二ページ五行目末尾「世」から同七行目「ところ、」までを「書籍その他の手段により世人の知り得るところとなっているところ、」と改め、同九行目「たものであり、」から同三三ページ二行目「受けてい」までを削除する。

第二原判決理由四項ないし六項(原判決三三ページ一一行目より三八ページ末行目まで)を全文次のとおり改める。

「四1 前記認定のとおり、本件閲読制限部分の主な内容は、死刑囚の死刑執行に至るまでの心情や死刑執行の状況に関する具体的記述であり、一般的には、死刑判決を受けている者がこれを閲読すれば、その刺激により不安定な精神状態に陥り、自傷行為その他の規律違反行為に出る可能性が高いというべきところ、被控訴人の精神状態は、現在、比較的安定しているとはいえ、長期間にわたって拘禁状況に置かれているのみならず、一審で死刑の求刑を受けた前後ころ、幻聴、幻視の症状が現れ、数回にわたって精神科医師の診察と投薬を受けたことがあり、このような状況下において、前記のような死刑囚の心理状態や死刑執行の状況に関する具体的な記述に接したときに、これをどのように受け止め、どのような反応を示すかは一概には予断し難いところであって、被控訴人にはこれまでの拘禁生活のなかで規律違反等の処分歴がなかったことを考慮しても、本件閲読制限部分の閲読によって精神状態の安定を乱し、自傷行為その他の規律違反行為に出るというおそれがないということはできない。したがって、控訴人所長のした右閲読制限には合理的な根拠があるものというべきである。

2 もっとも、被控訴人が死刑執行の手順や被執行者の状況、絞首から死亡に至る経過等について概ね正確な知識を有していると認められることは前記のとおりであるが、右知識は、抽象的、概括的なそれにとどまるものであるし、死刑判決を受けた後とその前とでは、死刑執行の状況等に関する具体的記述の閲読によって受ける心理的影響の程度は到底同一のものと断ずることができないから、前記判断の妨げとなるものではない。

3 また、被控訴人の本件各図書購入の目的が、上告趣意書において、死刑が憲法三六条の残虐な刑罰に当ることを主張・論証するため、その資料として使用するにあったとしても、死刑を違憲とする上告趣意書を作成するに当たって、右閲読制限部分が必しも必要不可欠な資料とは解されない(なお、本件各図書については、右閲読制限部分の抹消、削除に被控訴人が同意すれば、死刑制度の持つ問題点、死刑廃止に向かっての社会的動き、我が国ほか世界各国の死刑制度の現状に関する記述を含めて、右各図書の閲読が許可されているのである。)のみならず、弁護人との協議を通じて被控訴人の意とするところを主張することが可能であるから、控訴人所長の右閲読制限が被控訴人の刑事裁判における防御権を侵害するとはいえない。

4 次に、本件閲読制限部分中、自殺や発火等の規律違反の具体的な方法に関する記述については、被控訴人自身がこれを模倣するおそれがあるのに加えて、被収容者の一人に右閲読が許された場合、その内容がなんらかの方法によって他の被収容者に伝播される可能性があることは否定できないところであり、そうなると、多数、多様な被収容者の中には、これに誘発されて右のような規律違反の挙動に出る者がいる可能性も少なくないということができるから、右記述部分は、その性質上、被収容者にその閲読を許すことにより、監獄内の規律及び秩序の維持上放置することができない程度の障害を生じさせる相当の蓋然性を有するものというべきであって、その閲読を制限した控訴人所長の判断に合理的な根拠がないということはできない。

5 なお、控訴人所長による本件各図書の閲読制限部分の削除ないし抹消は、監獄内の規律及び秩序の維持を目的とするものであり、かつ被控訴人の同意を条件としているのであるから、これによって、本件各図書に対する被控訴人の財産権が不当に侵害されるものということはできない。

6 以上によれば、被控訴人に本件閲読制限部分の閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持に放置することのできない程度の障害が生じる相当の蓋然性があるとした控訴人所長の認定、判断は不合理なものとはいえず、結局、控訴人所長がした本件各不許可処分には裁量権の範囲の逸脱又は濫用はなく、これを違法とすることはできない。」

第三(結論)

よって、控訴人所長のなした本件各不許可処分が違法であることを前提とする被控訴人の控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がなく、これらを棄却すべきであるから、これと一部異なる原判決を右のとおり変更することとし、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官後藤文彦 裁判官古川正孝 裁判官菊池徹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例